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卒業試験 [(通信教育)学習の仕方 総論]

大学通信教育の卒業試験を受けてきました。卒業論文の内容についての口頭試問です。1時間のプレゼンテーション、汗だくになりました(笑)。結果は10月下旬に送られてきます。とりあえず試験の後に生協の食堂で昼食。
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(東京都港区三田にて)


いちおうまだ学生です(笑) [(通信教育)学習の仕方 総論]

 しばらくすっきりしない天気が続き、日照不足で野菜の価格が上がるんじゃないかといった会話が聞かれるような気候がつづきましたが、ここにきてようやく穏やかな春の日差しが楽しめる日が続いているように感じます。

さて、前の記事で書いたような気もしますが、7年前に第二?(注1)の学生生活を始めると決意して、紆余曲折を経て今日に至ります。おかげさまで卒業までもうちょっとのところで足踏み状態。
 
 え?仕事が忙しいって?そんなの判りきっていたことでしょう?曲がりなりにも「社会人」学生なんですから。夏休みや、仕事帰りにスクーリングのためにキャンパスに通い、通勤電車の中でテキストを読み、週末に集中して困難な課題に取り組む。それが社会人学生ってものでしょう。(なんて立派なことを書いてますが、その実態は 笑)

 私がこのコース(都内の大学の通信教育課程)を始める動機は、見栄が80%、学習したい意欲が20%といったところでした。それが7年も経過すると人間変わるもので、もちろん見栄があるから頑張るのは否定しませんが(笑)、それよりも勉強して自分の世界が広がっていく面白さに気づいたとでも申しましょうか。独学といえば独学ですが、大学のカリキュラムという強制力が働くからこそ、体系的に勉強する(させられる?)わけで、そのなかで、経済学なら経済学の俯瞰図のようなものが頭の中に出来上がっていきます。 と同時に、基礎トレーニングを積んだアスリートが、自分の専門種目のトレーニングに自主的に取り組むのと同様、学生として身につけた「勉強の基礎体力」を利用して、自分自身で課題を見つけ、解決しようとする。そうした人々を「能動的な知的生活者」(注2)と呼んで差し支えないと思いますけども、それこそ昔からの私のあこがれではありました。そういう自分になるまで、あとちょっと。もうひとふん張り。なかなか人生思い通りにはいきませんが、ここまできたんですから完走目指して走りますよ。

ということで、先日職場の茶飲み場?(パントリーと称す)で、同僚と茶飲み話になったときに「通信教育で経済の勉強をしているのですよ・・」というと「え?そうなの、じゃアベノミクスについて教えて」と。

そのときの立ち話の内容を紹介するのはこの記事の趣旨ではないので、それは省きます(注3)。私などたかだか学部の学生であって研究者でも専門家でもなんでもないわけですが、この7年間の間ずっと「経済学って何なんだろう」という問題意識をもって過ごしてきたのは確かです。そんななかで、経済が専門でない人にとってもわかりやすく、しかも数分の立ち話の中で、きちんと現政権の経済金融政策の問題点と展望(要点)について説明する。それが経済学を専攻したもののつとめではないかと勝手に思っております。(自分で書いていて思いますが、それってかなりハードル高いよなぁ。)


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(注1)1986年にいちおう大学を卒業したことになっております。
(注2) 渡部昇一 知的生活の方法 講談社現代新書 講談社 1976年 p.99
(注3) 下記の書の5章で読んだ内容の要約をお話しました。つまり、異次元緩和で市場に大量に供給した日銀券のボリューム(マネタリーベース)と、同様に「禁じ手」という声をよそに日銀が行っている長期国債の買い入れ政策のことです。この章を書かれている小黒先生のメッセージは、誤解を恐れず無理くり要約すれば、「今は良い(注4)けど、この先どうなるの?」ということでしょう。

(注4)資産家や高額所得者、輸出企業に有利などという報道はよく耳にしますが、実際、トリクルダウン(お金持ちがお金を使えば、上から下に向かってお金がこぼれておちていく云々)のでたらめさは指摘されているとおりですし、「アベノミクスの効用を都会だけでなく地方へ」なんていうのも、まやかしというか論点のすりかえもはなはだしい。
貧乏暇ナシなのはあいかわらず都会の給与生活者であって地方の生活者ではない、というのが、地方出身で都会で暮らす(つまり生まれ育った地元と、大都市部周辺部の現住所を行ったり来たりしている)私自身のいつわらざる実感です。

金融依存の経済はどこへ向かうのか―米欧金融危機の教訓 (日経プレミアシリーズ)

金融依存の経済はどこへ向かうのか―米欧金融危機の教訓 (日経プレミアシリーズ)

  • 作者: 池尾 和人
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2013/07/09
  • メディア: 新書

羽生選手も大学通信教育で学んでます [(通信教育)学習の仕方 総論]

Q:大学通信教育って、どんな感じですか。

A:大学の通学課程では、キャンパスに通って講義を受けます。
 一方、通信教育課程では配本されたテキストを読んでレポートを書き、試験を受けるのが学習の中心(注1)です。
学習の仕方は、ひとそれぞれでしょうが、私は普段は通勤電車の中や、自宅で教科書を読みながら勉強することが多いです。出先の喫茶店などでも集中するとけっこう読み進められるものです。

またスクーリングや試験などでは通学課程と同じキャンパスに行きます。図書館なども通学生と同じ施設を使います。卒業要件にはスクーリング所要単位があり、一定以上の単位をスクーリングで取ることが義務付けられています。

通信での学びは一人きりで孤独なイメージがあります。実際勉強は一人で進めるのが基本でしょう。他方スクーリングで学習サークルなどで知り合いをつくって楽しく学習を進めている人も大勢います。
私自身も挫折しそうになったときにサークルの先輩の一言で救われたこともありました。

ただし、残念なことに、せっかく入学しても途中で挫折する人も多いのは事実で、学校によっては在籍者に対する卒業生の数が極端に低い(全学生の5%程度)というところもあります。

しかしそれは学習難易度の高さゆえ(注2)というよりも、入学してみたものの学習の進め方が分からずリタイヤしてしまう人の多さゆえの数値ではないかと思っています。
つまり、苦し紛れでも、どうにか学習を軌道に乗せさえすれば、卒業まで完走できるように感じます。
ですから”始めたからには初心を忘れず、苦しいときには石にかじりついてでも卒業してみせる”くらいの気合は必要かもしれません。
仕事が忙しかったり家庭の事情があったり、それは社会人だから仕方がない。でもそういう事情があっても卒業をあきらめずにすむように12年間という在籍年数が認められているんでしょう。

そういう意味で、実質的に学習が軌道に乗っている学生の数を母数にすれば、5%どころか、3割以上の完走率になるのではというのが私の読みです。私も完走目指して、後半戦を頑張ります。

インターネット上には、学習にあたってのさまざまなアドバイス、ノウハウが流布されています。なかにはたしかに有用なものがあります。でも一番大事なのは、学業を成就させるという気持ちです。それさえあればあとはどうにかなります。テクニックよりもノウハウよりも、何より大事なのは自分の気持ちです。

これをきっかけに自分自身を変えていくんだ、弱い自分を克服するんだ。
私自身、何度そう自分に言い聞かせたことでしょうか。
さて、私は弱い自分を克服できるでしょうか。

(注1)eスクなどの名称でオンライン(インターネット経由)もしくはラジオ放送などでの講義を行う大学もあります。
(注2)もちろん簡単な科目ばかりではありません。学部の必修科目が自分にとって難し過ぎてこれでは絶対に卒業できないかもと思ったことは一度ならずあります。
ただしあきらめなければ攻略法は見つかるものです。おかげさまでしぶとさは身についたのではと思います。

ということで、大学通信教育って聞いても、ご存知ない方はよくわからないですよね。

試験会場に行くと、じつにいろんな学生、高校卒業間もない若い人から、私のようなシニアまで老若男女さまざまな学生がいるのがわかります。
生涯教育という言葉がぴったりです。

早稲田ウイークリーによると、フィギュアスケートの羽生選手は早稲田大の人間科学部・通信教育課程に在籍しているんだそうです。
ぜひ競技も学習も頑張って、しっかり卒業してほしい。羽生選手ならできるでしょう。

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昨日は仕事の帰りに図書館で資料を探しました。閉館間際でしたが、良い資料が見つかってよかったです。
論文のめどが立ったら、学習サークルの知り合いと読書会でもやりたいねと話をしています。
アベノミクスとか、いろんなテーマでやってみたい。いまだアイディアの域を出ませんが。

論文 [(通信教育)学習の仕方 総論]

論文と格闘。
いままでだいぶ書き進めてきたのはいいのですが、先週現地でいろいろ調べた結果、実情は今まで自分の考えているのとはだいぶ違うことが分かりました。
そこで、今まで書いていた部分を書き直すことにしたのですが、書き直す対象が多く、推敲に予想外に時間が掛かっています。
でも、せっかく提出するのですから、良い論文にしたい。

図書館で借りた本。
夏休みの長期貸し出しとなり、じっくり読めます。
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通信で学ぶ意味・スローラーニングの真意 [(通信教育)学習の仕方 総論]

またまた冷たい風が吹きつけ、真冬に逆戻り。

さて、武蔵野大の広告をみた。
経済学部の大阿久先生からの メッセージ
「1科目でよいから、これはしっかり勉強したと言えるものをつくって欲しいです」。

”これだけはしっかり勉強した”という意識。これは、けっこう大事だと思います。

私の見聞する範囲では勉強そのものにフォーカスするよりも、とりあえず卒業できれば良いという人が多いように思います。
つまり、「しっかり勉強する」ことにフォーカスするよりも、”要領よく単位を集めて手っ取り早く卒業する”ことに価値があるような風潮はちょっと違うんじゃないかと。

こんなことを書くと、「働きながらの学習で、最低限やることだけやって卒業して何が問題か」といわれそうです。

ときに、聞くところによると私の履修している課程は難易度でいうと難しい部類に入るそうです。
難しいのですから、卒業さえできれば御の字というのもわからないではありません。
しかし、前にも記事に書いたように多くの社会人学生は学士の資格を保持しながらまた縁あって勉強するというパターンが多いと聞きます。

ということは、つまりはいまさら学士の称号を得ても、特段のご利益があるわけではない、というケースが多いはずです。
たとえば、私が仮に卒業できたとして、いまさら○○大を出ました、と履歴書に書いたところで、新卒者のシュウカツではないのですからほとんど意味がないことでしょう。
(そもそも今、どこかで働いているとして、転職活動をするのでなければ履歴書を書く必要がありません。)

となると、社会人学生にとって卒業証書をもらって学士号を得るということの意味は何なのでしょうか。
その意味は、必然的に通学課程の学生とは違ったものになってくるはずです。

つまり、学びそのもののプロセスの中で、自分の人生の意味を見直す。
今までの経験や知識を整理して再構築する。

その学習プロセスの中で、いかに精神的に満足を得るか。
時間をかけ、じっくり学習する中から何がしかをつかみとる。
その過程にこそ意味があると私は思うのです。

手っ取り早く過去問の分析と、誰かからもらったレジメのコピーで要領よく単位をそろえる学習。
もちろん単位がそろわないと卒業はできないので、要領よく単位を集めるスキルも大事ではありますが、果たしてそれだけでいいの?と私は問いたい。

難しい科目で、いつになったら単位が取れるのかと途方にくれながらも、試行錯誤を繰り返し、友と情報交換しながら、どうにか攻略の糸口をつかむ。
七転八倒する姿は見苦しいかもしれません。
しかしそんな苦しみの中から得るものも多いはずです。

月並みなせりふですが、自分のかいた汗こそが、あなたの財産です。
もし、校風があるとすれば、「自ら進んで泥にまみれ、汗をかくことをいとわない。」というものではないかと思うくらいです。

そういう文脈からも、私は「ゆっくり学ぶ」(スローラーニング)ことを推奨しているのです。


民法への招待 [(通信教育)学習の仕方 総論]

民法への招待

民法への招待

  • 作者: 池田 真朗
  • 出版社/メーカー: 税務経理協会
  • 発売日: 2010/07
  • メディア: 単行本
このテキストはだいぶ前、第4版が出てすぐに買ったような記憶がある。
著者の池田先生は、「法学部ではなく経済学部を卒業し」(同書pp.3)ながらも、現在は大学で民法の教鞭をとられています。
「試行錯誤の末に経済学部在籍のまま法律の勉強を始め」(同書pp.3)られたといいます。

私事で恐縮ですが、私は(別の学校の)法学部に在籍していたものの、自分が勉強したい内容と違うような気がして「一人で勝手に経済学の勉強を始め」てみたものの、挫折してものにならなかった経験を持っています。
当時、どういうわけか民法は苦手中の苦手で、M先生の「民法総則」という2年生の必修科目の単位が取得できずに2年、3年、4年と卒業間際まで引っ張ってしまいました。
(私のまわりの知人はあっさりと単位を取っていましたので難しい科目というわけではなくあくまで相性だと思います。
私自身も商法、刑法、憲法、労働法などの他の法律関係科目の試験はそれほど苦労した覚えがなく、やはり相性ではないかと思います。)

当時使っていた民法の教科書が砂をかむような感じでまったく面白さが感じられなかったせいもあるでしょうし、法律の勉強そのものに面白さが感じられなかったせいもあるでしょう。

そんな私が、曲がりなりにも大学を卒業し、社会人になって紆余曲折を経て何かのご縁で大学通信教育で経済を学ぶことになり、そこで30年ぶりに新しい民法の教科書を手にしたわけです。何か不思議な感じがします。

今、この本を手にとってみて、昔、この本に出あっていれば、私の学生生活ももうすこし違ったものになったかな、なんて思います。

シャトー勝沼の「山梨甲州・ぶどう酒」 赤 / 「大学通信教育で、どのくらいまで学習すべきか」 [(通信教育)学習の仕方 総論]

土日は良い天気でした。秋の行楽シーズンでお出かけの方もいらっしゃるでしょう。
私は、たまった家事を片付けました。駐車場の芝刈り、除草、ドアのペンキ塗りなど。
勉強のほうは相変わらず高校数学。
今日は分数の指数の計算など。

スクーリングなどで知り合った社会人学生さんたちと話しをしていて、感じることは、皆何がしかの学習に関する悩みを抱えているということ。

大学通信教育の学習を進めるにあたっての学生の悩みの代表的なものは「何を、どのくらいまで、いつまでに、どうやって学習するかが、よくわからない」ということではないでしょうか。
学習要綱などをみても、それらの事項は学生が自分で決め、計画的に学習をすすめるように、としか書いてありません。
私は2007年の入学ですが、入学から二年くらいは、上記の項目の見当がまったくつかなくて、ずいぶん悩みました。
同じように始めたばかりで見当がつかなくて困っている方は、ぜひ学習サークル(学校から配付される通信物に公認のサークルの一覧が載っています)をたずねて、学習相談を受けることをお奨めします。
また学生間の情報共有の場をつくれないかと思っています。

そんなこんなで五年も経ちました。
私がつたない経験を通して得たノウハウで、皆さんの役に立ちそうな項目は随時、このブログ記事などでご紹介しようと思います。

今日の記事は、「大学通信教育で、どのくらいまで学習すべきか」について。
(前提条件)
〇本来でしたら「何を学ぶべきか」が先にくるべきでしょうが、ここでは、学ぶべきテーマ(科目)は決まっているものとします。(このお題は後日ご紹介します。)
〇科目試験に通ることを目標とする。
試験に通っても自分なりにまだ学び足りないと感じることはありますが、すくなくとも単位の認定を受けることで自信がつき、次に学習を進める動機付けにもなります。
ですから、たかが単位、されど単位です。もし良い成績で試験が通れば、その効果はさらに大きいものになります。

(手順)
(1)まず過去問のストックをありったけ集めます。学校が公開しているものでしたら、その冊子から、公開されていないものはサークルなどのルートから入手可能かどうかを検討します。
別の言い方をすれば過去問題の情報がないと、ある意味試験対策のしようがないので、過去問の情報が入手可能な科目から学ぶべき科目を選ぶというのはひとつのあり方だとは思います。
(ただし自分が学習したいと思っている科目は、自分の志向を優先し、過去問入手状況に関係なく履修すべきと考えます。)
私の場合は自分が入学して以来の五年分のストックがあるので、そこまでさかのぼることにしています。

(2)過去の問題が入手できたら、その科目の問題を時系列で抜書きにします。

(3)2でつくった抜書きをよく検討します。またレポートの課題や教科書の研究課題も同様に参考にします。
ここであがってくるテーマ(おおよそ10から20程度)に関して、自分なりの考えがうまくまとまるようにする、ということを目標にします。
つまりそれらについて試験問題が出されても、よどみなく答案が書けるようにする。今はそれが無理だとしたら、何をしたらいいかを考えます。
ここでいう、「何をしたらいいか」が、すなわち、この科目で、自分が学ぶべき内容になります。
参考書籍などが足りなければ、入手の手配をします。

(4)3で検討した項目を、再びよく眺めて、「教員が学生に何を学ばせたいと思っているか」を推測します。
つまり、科目に関連するテーマについて、教員と学生が問題意識を共有する。
対面で授業を行なわない通信教育では難しいことですが、このことが教わる側にとっても、教える側にとっても、理想的な状況であり、学生もその理想的な状態をつくる努力を惜しむべきではないでしょう。

私の乏しい経験にてらしますと、これらの作業を行なうことで、自分なりのテーマがぼんやりと浮かび上がり、科目の範囲(プロジェクト管理でいうところの「スコープ」)の輪郭が見えてくることが多い。
あとは教科書を精読するなり、読書ノートをとるなりして、理解を深めていきます。

3で決めた内容がピントを外したものであったり、レベルがあっていなかったりすると、試験でうまく答案が書けないということにもなりますが、何事も経験です。
最初のうちは「失敗から学ぶ」くらいの軽い気持ちで取り組むことをお奨めします。
(幸い、科目試験は何回受けようが、学費は変わりません。)

忘れてならないことは、うまく書けなかった答案を見た採点者も、学生と同じような気まずさを感じているであろうこと。
逆のケース、すなわち「この学生は(ポイントを)わかっている!」と思ってもらえる答案を書くためには、上に書いた「教える側と教わる側の問題意識の共有」が必要と考えます。

このプロセスを何度か繰り返しているうちに、自分なりの勘所がつかめてきて、だいたいこれくらいまでやれば合格するという力の入れ具合もわかってきます。


こんな感じで、学習法の一つ一つのテーマについてご紹介したいと思います。

さて、手軽な価格の国産のワインを楽しんでいます。
シャトー勝沼の「山梨甲州・ぶどう酒」。
最寄り駅の駅前スーパーで900円くらいで買いました。
原料ぶどうの品種はベリーA、ブラッククイーン。ライトボディですが、辛口の赤で食事にも良くあいます。
棚には白もありました。
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現役でいよう [(通信教育)学習の仕方 総論]

今日はどしゃぶりの雨で、駅から自宅までの間、傘をさしていたのにずぶぬれになった。

勉強は予定通りに進まない。
7月試験はこの分では受ける科目がない。
三月以降、一本もレポートを書いていないからだ。
(仮認定の科目以外は、レポートを出していないと受けられないのである。)

そんなとき、学習の仕方についての本を開いてみる。
「超勉強法」 野口悠紀雄 講談社 P244より。

いつも勉強を続けていることが必要である。勉強に漬かっていること、勉強に関して「現役でいる」ことが必要だ。数学の計算力、英語の単語やいいまわし、字数の把握、漢字、すべてやらないと「なまる」

いまの私のような男が、浮かない顔をしてしょげていたら、きっと私は彼に向かってこういうだろう。

「君。 学習をやらない言い訳、やる気を下げる要因はいくらでもある。
学習が計画通りにいかない、 計画が遅延する、 レポートや試験の評価が厳しいためやる気がうせた、仕事や所用で時間が取れない、などなど。

そんなときでも、野球選手の素振りのように、ちょっとだけテキストを開いてみよう。 たくさん進まなくてもいい。昼休みに一問計算問題を解いたり、通勤電車の車内で、数行英語テキストのパラグラフを読みすすめるだけでもいい。
15分で何ができる? やるだけ無駄と思ってはいけない。働いている君は一日三時間、まとまった時間が取れるか? 無理だろう、なら細切れ時間を使うしかない。
15分で行うべきは勉強を進捗させるというよりは、身体をなまらせないための重要な動作なのだと思うことだ。 
でも今日は顔色もよくないし、軽くワインでも飲んで、風呂に漬かって、ゆっくり休むほうがいい。」

またいつか、レポートを書いて 封筒に入れて投函できる日が来るさ。

だいたいが、おいらは、まだ今年が実質の初年度(ぴかぴかの一年生?)、学習のペースがつかめなくて当然なのだろう。


ラジオ福島、1098KHz。同じ周波数の信越放送(SBC)を聴きたいのだが、こっちのほうが強い。
圧倒的に弱いSBCをどうやって聞き取りますかね。



科目試験 [(通信教育)学習の仕方 総論]

科目試験。。ああ、やっぱり準備不足でした。

試験会場。緑が多く、新緑がかぐわしい。
キャンパスに通うのは試験のときくらいだけど、この雰囲気、なかなかいいものですね。
この環境を利用して(いつも通えるわけじゃないけど)年間5万円で勉強できるんだから、感謝しなくちゃ。
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(総評)
英語Ⅱ、会計学: 準備不足 被害甚大(苦笑)
地理学Ⅰ:  玉砕
社会思想 :不戦敗
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いずれの科目も教科書をしっかり読みこんでいれば、A評価が取れそうな、素直な良い問題だったと思います。
出来なかったのは準備不足の私のせい。。

これから受ける人への老婆(老爺?)心からのアドバイス。

英語Ⅱ: A評価を狙うなら、後半会話パートのCDもしっかり聞き込むこと。
    一字一句覚えるまで繰り返しリスニングしてください。
   たとえば In(formal) のカッコ内を問う問題も出ます。(配点はそんなに高くないが) いい加減に意味だけわかるからと流してしまうとまったく歯がたちません(それは昨日の私)

地理学Ⅰ: 歴史のところもしっかり勉強しましょう。今回はそこから出ました。私はまったく勉強してませんでした。
     ギリシャを問われているのに、フェニキアのことを書いたバカは私です(苦笑)・・
      これはかなりへこみました。
   
会計: 基本的な理解を問う問題が多いようです。テキスト中盤までをしっかり読み込みましょう。(私へのアドバイスです・・)
     ○○の原則について、論点を整理しましょう・・苦笑

ないても笑っても、もう終わってしまったことはどうしようもないので、7月試験に向けて気持ちを切り替えて行きます。次のイベントは5月のレポートの締め切り。
今着手している科目は何にもないので、今から泥縄でテキストを読み、レポートを書きます。
統計学は途中ですが、5月までに四回分は出せるだろうか。

あ、そういえば、履修要綱にあった、「スタディガイド」もらってきました。三田西校舎の入り口のところに積んでありましたので。
これを見ると、教える側が、学生に何を求めているか良くわかります。

帰宅して、駐車場の横に植えた芝が伸びているのが気になり早速刈り込みをしました。高麗シバも大分芽が出てきて、春本番ですね。


新宿サザンライツ(その8)  [(通信教育)学習の仕方 総論]

去年の今頃、リクルータと銀座で昼食をともにしました。

そのとき、私が、この仕事を遂行するに当たって、自信がないといったところ、
彼は
「顧客の期待値をきちんと管理しなさい。」
"Try to manage expectation of your customer,  your boss , your counterpart...etc"
とアドバイスをくれました。
顧客が何を望んでいるのか、きちんと把握すること。
希望に沿えない場合は、期待値をきちんとコントロール、すなわち、なぜそれが実現できないのかきちんと伝える。
それによって不満を緩和  "to mitigate frustration of your customer" しなさいと。
なるほど、目からうろこが落ちたようでした。
縁あって薦められた仕事をしていますが、私はきちんと仕事上で顧客の期待を管理できているのでしょうか。

通信教育も、同じことのような気がする。
学生として期待されていることをきちんと把握できれば、学習の道筋も自然とつけられるようになるはず。
何を求められているか、
たとえば必修科目、「経済原論」の履修要綱を見ると、
「現実経済に対する一貫したものの見方を身につける」べし、
と読み取れます。
これって、なかなか厳しいですけどね・・

通信の場合は、教員とのやり取りは、もっぱら試験とレポートのみ(のぞくスクーリング)。
「自分は、水準をクリアしています」
というアピールを、レポートと答案に盛り込む工夫が必要というわけです。
学習の成果を、たかだか数千字のレポートの中で表現するのはけっこう難しい。
どうやって魅力的なレポート(答案)に仕上げるか。
こういうのも一種の技術ですね。
はたして仕事でつちかったコミュニケーションの技術を、学習にも活かせるでしょうか。


写真のほうは、もう終わってしまいましたが、新宿サザンライツから。
タカシマヤ側に渡りました。
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高島屋(タイムズスクエア)側にわたると、そこはまた違った明かりの世界が広がっています。
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サザンテラス側は自然の樹木に照明を取り付けていますが、こちら側は専用のオブジェが設置されています。

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おとぎ話の世界のような造形が多いようです。

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皆様、楽しい週末をお過ごし下さい。


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